浅井金治郎

玉亭芳峰「(鹿児嶋県)西南実記」六

1877-04 「西南実記」6号
生住昌大 蔵

画題:(鹿児嶋県)西南せいなん実記じつき
判型:大判錦絵
画工:玉亭芳峰(武部安兵衛)/玉亭
版元:(大阪・浅井金治郎)
記者:(浅井金治郎)
届日:明治10年4月□日
出版:明治10年4月□日

詞書

偖て、左翼さよく正道せうどふ官軍くわんぐん攻撃こうげきぞく数塁するいぬいたるといへども、つねさかうへ砲塁ほうるいため進撃しんげきせいせられ、たゝかふもきゆへに正面せうめんたにへ、しきりに上げきして、阪の上のほん道をたゝんとしいしらるゝに、ぞくは阪の上よりがいふて塁をつき、その両翼りやうよく正面せうめん守戦すまもりたゝかう。されども官軍、新手あらて精兵せいべう(いれ)かへ(いれ)かへ、三ぽうより進撃すすゝむこの戦争かつせん取分とりわたい戦なり。
こゝ貴嶋きじま清宇せう太郎といふもの、賊塁のせうなり。はげしき下地げじをなし砲戦ほふせんす。あるは抜刀ばつとふてふなりみづから十分のはたらきをなしたりと。又、官軍はあめあられのとき小銃てつほうなかを手に濡莚ぬれむしろもち勇気ゆうきさかんに激戦げきせんをなしたり。
正面二俣村、へだてて田原阪上の本道といふ。左翼さよく横平よこひら山、吉次越。翼、木の葉より植木の辺。田原阪なり。

(左)貴嶋清宇太郎

所蔵者/掲載図書

生住昌大