長谷川貞信「薩徒川尻本陣之図」

却説さて、暴徒ぼうとふの魁首きよしゆ、前陸軍大将正三位西郷隆盛は、川尻に本営を講かまへ、精せい兵八百人守ヱなさしめ、謀略ぼうりやくを胸中きやうちうにひめ、各所の戦たゝかひ告つげると雖いへども、欣然きんぜんとして軍事ぐんじに関くわんけいせざる如く、連俳れんぱいは碁ごを囲かこみ、酒宴しゆゑんをもよをし悠々ゆうゆうとしたり。此に昨秋、佐賀の暴挙ぼうきやうの将・前原一誠の末弟ばつてい・前原一格といへる壮士わかもの、ひそかに逃のがれ、彼かの隆盛に随したがひ、虎賁かうふんの勢いきおひをあらはし、白き布に我わが姓名をしるし、背せより脇わきへ結むすび下げ、高橋口の戦ひ、先鉾せ(ん)ぽうを受うけ、竪横じうわうに奔走ほんさうし、勇猛をあらはせしを、西郷は寛示くわんじと笑ゑみをふくみ、盃を廻らせしとぞ。
内田正鳳記

（右）西郷の室、こし元、池上四郎、桐野利秋、こし元、永山矢一、河野四郎
（中）西郷の息女、西郷小平、第二隊大将西郷隆盛、別府新助、淵辺高照、村田新八
（左）篠原国幹、前原一格、こし元、西郷ノ男菊之助、大山某

生住昌大
海の見える杜美術館
鹿児島県立図書館