明治10年3月届

早川松山「鹿児島征討図」

1877-03-08 松山「鹿児島征討図」
生住昌大 蔵

画題:鹿児島かごしま征討せいたうのづ
判型:大判錦絵3枚続
画工:早川松山(早川徳之助)/応需松山画生
版元:東京・小林鉄次郎
届日:明治10年3月8日

詞書

去る程に、二月廿三日以来の戦争の景況は、いまだ確報をきかざれども、熊本城中は連日固守して、猥りに兵を動かさず、迫れば伐、北れば追はずして、後援の至るを待に、野津、三好の両君は、大兵を引て、廿六日頃は筑後ざかいなる南の関に着せられ、木の葉町に屯する官兵と、熊本城中と、三方よりして城下と植木の暴徒を掃攘せらるゝならんとの説あり。既に一隊の兵、植木に屯する暴徒にあたつて戦ひしときは、官軍頗ぶる苦戦にて、一時南の関に引揚、山鹿の(の)官兵と合せられしとか聞へたるのみ。其後の報は知りがたしと雖も、暴徒は専ら刀を揮ひ、砲烟の下より激戦するよし。併ながら昨今大兵がことごとく合期して討に至らば、数里の外にしりぞけらるゝ事、必定なるべし。

(右)谷少将、児玉少佐、弟子丸応助
(中)児玉八之進、中島武彦、永山九成、旧正五位陸軍少将篠原国幹、別府九郎
(左)池上四郎、河野四郎、旧正五位陸軍少将桐野利秋、旧正三位陸軍大将西郷隆盛、西郷小平

所蔵者/掲載図書

生住昌大
海の見える杜美術館
熊本市博物館
福岡市博物館
丹波恒夫『錦絵にみる明治天皇と明治時代』